こだま通信35号 2005年10月11日

お彼岸も過ぎて、ここ関東地方は冷たい雨が降り注いでおります。みなさまにはいかがお過ごしでしょうか。前回に引き続き渡来人伝説(高麗家のルーツ)Vをお送りします。

渡来人伝説(高麗家のルーツ)V

最近、韓国のテレビ放送からの吹き替え版が人気を博している。「冬のソナタ」以来、韓国映画はいわゆる「韓流ブーム」に乗って日本社会にも普及しはじめているが、これからご紹介する韓国KBSテレビの時代ドラマ「海神」は、渡来人伝説にも関わりがあるのではないかと思う。

このドラマ「海神」は朝鮮半島の「統一新羅」時代(676〜935)が舞台になっており、ドラマは長編でKBSは日本のためにインターネットを通したダウンロード版で字幕スーパーバージョンを配信している。第1編のみ無料視聴版になっている。http://bb.goo.ne.jp/special/brokore/kaishin/

ストーリーはインターネットHPを見ていただくとして、特に興味ぶかいのはドラマに登場する、「船」の形である。木造の帆船は二本マストで布貼りの帆は、当時の帆船の代表的なものであろう。 そのかたちは日本の古墳より出土する「舟形埴輪」にそっくりです。大和政権ができるころ,各地で大きな古墳が造られ始め、4世紀から6世紀末までの約300 年間は,古墳がさかんにつくられたので,古墳時代とよばれている。古墳の上には,さまざまな埴輪が立てられ,古墳の内部には棺とともに鏡・玉・剣などが納められました。この船の形は天日槍(あめのひぼこ)が使ったとされる船の挿絵にも似ています。
http://www.geocities.co.jp/HeartLand/2702/manabu/kodaitousen_1.htm

 神奈川県の大磯町で伝えられている大磯の御船祭(7月)は、埼玉県日高市の高麗神社の由来に深い関係があるとされています。このお祭りは応神天皇15代の時代に、神奈川県の相模湾に高句麗からの渡来人上陸があったとする故事に因んだもので、この御船祭の「祝歌」にその様子が写されているといいます。この浜に上陸した渡来人がどのようなルートをたどって日高市にやってきたかはかなり良く研究されていまして、日高市史には日高市内の地名=「高麗」の起こりとして古代朝鮮からの渡来人、「若光(じゃっこう)」の名を挙げて解説をしております。
http://www4.ocn.ne.jp/~fkoma/

日高市は10月になりますと「彼岸花=まんじゅしゃげ」の群生地として紹介され、関東地方ではすっかり有名な観光地になってしまいました。この彼岸花が咲く地、この辺一帯は「巾着田(きんちゃくだ)」と呼ばれる蛇行河川に囲まれた農地でしたが、もともとは日高市内でも数少ない水田地帯でした。この巾着田を臨む高台に新井家住居があります。新井家の話は前回の「こだま通信35号」でご紹介しましたが、その末裔の方と称する小田原市の新井さんは、たいへん詳しく古代朝鮮と日本の関係について勉強されていますが、この方の説によりますと、日本各地には海上ルートによる渡来人の日本移住を裏付ける遺跡が大変多いのだそうです。
http://www.hidakashikankou.gr.jp/

 もともと山岳地帯である日本の国土で、海上交通は主要な移動手段でしたし、今日の主要道路というものは国家としての統一体ができてから発達したものです。東海道に代表される主要街道は江戸時代にできたのですが、それ以前にも鎌倉街道と呼ばれる関東武士の通り道も、もともとは商品経済が勃興するにつれてできた関東の各地を結ぶ街道だったと言われます。寺院の建立に不可欠な木材の運搬や、瓦の生産・流通に関わって開発された主要道の成り立ちはその土地の古い地名(大字(おおあざ)、字(あざ))によっても知ることができます。また、神社はその時代の権力者の権勢の大きささを知る上でも貴重な遺跡(?)であり、仏教普及以前(つまり武士階級が生まれる前)の天皇家を中心とした中央と地方の豪族の権力関係を知る歴史的資料だといえます。

さて、ドラマ「海神」に戻りますが、このドラマに登場する人々の服装はどこかで見たような姿です。多少は想像の部分もあるでしょうが、歴史考察を行った上のものでしょう。支配階級の服装は高松塚古墳に描かれている女性や男性の衣装に酷似しているのです。ヘアスタイルはすこし違います。庶民の服装は日本の博物館に展示されているものに良く似ております。使われている食器や武具・武器も発掘された須恵器、埴輪のたぐいに似ています。船の形のことはすでに書きました。ドラマの中には公験(こうけん=ビザ)の話が出ていました。当時の中国=唐への貿易をするには政府の発給するこの書類が必要でした。ご朱印船の話が日本ではありましたが、ドラマの中では個人が持つものとして描かれていました。そのような書類が日本に行く渡来人にも発給されていたのでしょうか?

続く

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