Mon, 2 Jun 2003 

 こだま通信第7号 

○最近、「大型活字本」というありがたい書籍のお世話になっている。埼玉県図書刊行会が出して いるものだが、文庫本になったものを著者の許可を得て出版したものである。大型活字化してい るので視力が衰えてきた読書子にはありがたい存在である。手に入るのは図書館であるが、この 類の本は一般の書店でも入手可能になってきている。このような本をありがたいと思うのは、自 分の視力が裸眼で0.3に落ちてしまったためである。めがねは当然老眼のお世話になっている。  

○さて、今回は文春新書から出ている辛淑玉(シンスゴ)の「愛と憎しみの韓国語」について読 後感を書く予定であったが、たまたま永六輔が新聞に彼女の書評を書いているのを読んだため、 すこし時間を置いてから書くことにする。そのかわりというわけではないが、同じ女流作家の向 田邦子の「父の詫び状」の読後感を書いてみたい。そもそもこの本も上下2巻の大型活字本にな っており上下2巻に分かれている。向田邦子は脚本家として有名な方だが、台湾旅行中に飛行機 事故で一命を落としている。この「父の詫び状」の中でもアマゾンの森林を見るため作家の澤地 久子と共に飛行機に乗ったくだりがある。東奔西走し作家としての取材旅行が多いのは職業がら 当たり前としても、多様な環境の中で人と人の交わりを文章に切り取っていく作家としての素養 はどこで磨かれたのであろうか。  

○幼少より父親の仕事(保険会社)の転勤で20回以上も引越しをした彼女は、自然と世の中を 客観視するようになっていく。しかしどこに暮らそうともいつも一緒にいる家族、すなわち父や 母、弟妹そして祖母や猫たちとの思い出は喜怒哀楽に満ち、その感動がこの本の中で綴られてい る。母一人子一人で育った彼女の父は長じて出世し一家を構えてからは4人の子を設ける。会社 では大勢の部下を抱え、家に部下を招き接待に腐心する父とそれを家族ぐるみで支えた向田家の エピソードや、その父が家庭の中で示すしらふの時の威厳と酔っ払ったときのアンバランスがユ ーモラスに描かれている。

○彼女は長女としての視点から父への敬慕の念を抱きつつ、作家として 自立するまでの父との葛藤を記しているが、率直な筆遣いと言葉の描写はさすが作家であると思 わせる内容である。  妻が読み捨てたあとにこの本を読み終えたのであるが、わが妻の解説は私の感想をさらに豊か にするものであった。妻によれば「男の人が書いたエッセーはつまらない。それは肩書きや思い あがった自分の考え方の押し付けがましい内容が多いからだ」「その点、女性が書く文章は生活 の視点ややさしさ、なによりも感じたままを書くことが中心だから共感できる」というものであ る。日本の敗戦にいたるまでの家父長的な向田家の営みと、女流作家として自立してからの向田 邦子の生き様を記した本書は、多少人生が分かってきた男が読んだら面白い一冊であろう。  、

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